Memorandum of Haruki 'ハルキの備忘録‘

yahooさんから 引っ越してきました。どうぞよろしくお願いします。

⑨ポストの子 ホームに帰る日。よだかの星。


駅まで 井出悠さんが送ってくれた。

「仕事が入ってなかったら 冬馬君と遊べたのになあ~。」
車の中で悠さんは 仕事の話をする。
悠さんは 絵を描く仕事をしているらしい。
雑誌や新聞に挿し絵を描いているが
それだけでは生活できないので、バイトもしている。

「冬馬君 『Boys be ambitious!』
って知ってる。」
と悠さんはバックミラーでちらっと僕を見る
僕は 
「はい」
と頷くと
「冬馬 be ambitious!」
と言って笑う。
「私が 中学の時 落ち込んでいたら こはる先生に
『悠 be ambitious!』
って言われたんだ。
その時のことやその時のこはる先生顔。
ずっと忘れられなくってね。
腐りそうになったり、へこんだりすると

『悠 be ambitious!』って自分を励ますんだ。」

こはるさんは 
「そんなこと言ったっけ?」
と照れていた。



駅に着き車を降りる。
「今度は 遊んでね~。『冬馬 be ambitious!』」
悠さんはそう言って手を振り プププとクラクションを鳴らし
車を出す。
僕とこはるさんは ありがとうと言って手を振る。


電車の中は 半分くらい席がうまっていた。
僕とこはるさんは 海側の席に座る。
海がきらきらしている。
この海を管理事務所の人達も見ているのかな。




昨夜 たくさん泣いたので 朝こはるさん達と顔を合わせるのが 気まずいなあ。
でも こはるさんも春さんも昨夜何もなかったように 一緒に朝ごはんを食べた。
春さんは 「また 来てね。」と仕事に出かけた。
こはるさんとごはんの後片付けをし すぐ国語の勉強をした。
小説と論説文の長文読解と四字熟語の勉強だ。
長文読解は思っていたより簡単で制限時間が1時間だったが 30分で終わる。
両方とも満点だった。
西の魔女が死んだ」は 何度も読んだことがあったし
論説文の阿川佐和子が書いた『聞く力 心をひらく35のヒント』 はこの前読んだばかりだ。
放課後 僕は 本ばかり読んでいて 本の中の世界にいる時が一番落ち着いた。
でもホームの先生から 本もいいけど身体を動かして遊ぶようにとよく言われていたから本ばかり読んでいるのは 少し悪いことだと後ろめたかった。
でも 問題を解いていて、本ばかり読んでいる事が 役に立った。

こはるさんは 驚いていた。
「冬馬君が よく本を読んでいる事は 知っていたけど、
こんなに読解力があるとは 思わなかった。
解いていて 迷った所はなかった?」

「この話の主題は何ですか?という問題で答えはア~オから選ぶ問題だけど 
全部違う気がした。
でも 普通の人だったらこう考えるかなと思って 
ウ の生きることのすばらしさをまいに伝えたかった、にした。」

「冬馬君は この小説の主題は何だと思う?」


「 死ぬことは怖いことではない、ということと
見方や考え方を少しだけ変えるだけで世界は違って見える
そう言うことを伝えたかったと思う。
生きることより死ぬことに重みを持たせていると思う。」

「冬馬君の考え よくわかる。
私も読み終わった時、死ぬことは 忌み嫌うことでも 
恐れることでもないということの方が 印象深かったなあ。
きらきらしている生きることのすばらしさというのと
少しニュアンスが違うかもね。」

「僕 四年生の時の読書感想文で正直な気持ちを書いたんだ。
そしたら 担任の先生に職員室に来いって言われて
こういう考え方はよくない、もっと前を向いて生きていこうみたいなこと
何度も言われたんだ。
それで 悩んでいる事があったら 先生が聞いてあげようみたいなこと言われた。
他の先生達は 変な目で僕を見てた。
その時は ただ 聞いていたんだけど 
よくわからなくて ホームの先生に感想文見せて聞いてみた。
そしたら 冬馬君のこと心配してくれたんだよ。
死にたいなんてこと書いたらだめだよ、って言われた。
それから 僕は 自分の気持ちは正直に書くと注意されると思ったから
生死にかかわることとか 嫌な事や 悲しい事なんかは 
違う僕になって書くことにした。
前向きで未来に夢があって希望に満ちた僕になって書いた。
そうしたら 先生から注意されることはなくなった。」

「何の本の感想文書いたの?」

 よだかが最期 太陽に向かって飛んで行くんだけど そこに着く前に焼き焦げて
地面に落下し死んでしまう。
でもその時よだかの顔がにやっと笑ったように見えるんだ、

僕は そんなよだかになりたい。
どんなにいじめらられても つらくても 痛くても 
太陽に向かっていくよだかになりたい。
死ぬ時 笑えるなら 僕はいつでも死ねる。
明日おきたら よだかになっていたい。

たしか ぼくはそう書いたんだ。」

「わたしも宮沢賢治が好きで小学校のころ よく読んだなあ。
でも小学校のころ私は 冬馬君みたいに思わなかった。
ただ よだかがかわいそうでいじめていた鳥たちや月や太陽が憎らしかった。

大人になって 懐かしくて よだかの星を読んだ時は
冬馬君と同じように感じた。
最後笑って死ねること、それが一番幸せかなあ
なんて思ったよ。」

「冬馬くんのこと心配してくれたり そんなこと書いたらだめといった
大人たちは心のどこかの感じる部分がまだ出来ていなかったのかもしれないね。
子どもでも大人でも 人はいろいろ、心の成長もいろいろだからね。
しかたがないのかもね。」

「でも こはるさんが 僕のことわかってくれるから 僕 それでいいです。」

僕は 今までこんな話 誰にもしたことがない。
してはいけないと思っていたから こはるさんに話せて 
気持ちがよかった。




電車は 駅に着いた。
辺りは暗くなっている。
こはるさんとホームへの坂を上る。
空を見上げながら歩く。
岬町と違いここは空気がきれいじゃないから 星がよく見えない
まして雲がたくさん出ている。
あっ 一つ輝く星を見つけた!
でも冬じゃないから シリウスじゃないね。



僕は 他人の家に行くとチアノーゼになるほど泣き叫び
拒否反応を起こす子どもだった。
でもそんな事も忘れていた三日間だった。

僕は ホームの子に戻ったから もう泣いたり 無いものを欲しがったりしない。
明日からまた いつもの僕にもどり淡々と生活するのだろう。

でも 岬公園墓地で食べたケーキ、みんなの拍手
悠さんが教えてくれた「冬馬 be ambitious!」
そして 僕と一緒に泣いてくれたこはるさんの声 
抱きしめてくれた時の 春さんの髪のにおい、、、
忘れない 忘れられない

岬町からもこの星は見えるかな?